胸に染み入る声
2008 / 11 / 30 ( Sun )
最近、韓国のパク・ヒョシンという人のCDをよく聞いています。
冬ソナ以来韓流にハマり、足しげく韓国に行っている友人のススメがきっかけで。

とても中毒性(笑)の強い歌唱だと聞き、また当地では「 神から賜った声 」とも
評されているとのことでしたが、 なるほどと思いました。
ヘッドホンをして目を閉じて聞いていると、
韓国語がさっぱり分からない私でも、胸が震える。

去年だったか、やはり韓国人シンガーの リナ・パーク( だったかな )という
若い女性の歌を聴く機会があり、
なんの予備知識もなく、 漠然と日本のアイドル歌手と同じようなつもりでいた私は、
その半端ない歌唱力に 第一声でいきなり横っ面を張られたように魅了されたことがありました。
 
韓国の人は歌が上手い、
この胸に迫ってくる圧倒されるような迫力は一体なんなんだろう。
民族のDNAなんだろうか。
 
以前ある記事で、さる方がテイチクの社長から韓国人歌手のレコード十数枚を渡されて、
「 これを聴いて勉強しろということだった。
 彼らが表現する ” 恨 ( 哀しみ ) ”に圧倒された。 」と書いていたのを思い出しました。
                     
 

                             Park Hyo Shin "Lost" Live (English Subtitles)
                           
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彼の歌をもっと聴きたくなって 他のCDを探したのだけど、
この今だ続く韓流ブームにも拘わらず、 あまりに入手しにくくて不思議に思いました。
そしてその過程で、 彼が様々な面で苦戦を強いられている事を知りました。
元の所属事務所から訴訟を起こされ 係争中であること。
2004年あたりから、 3年近く歌手活動を休止していたこと。
2007年にアルバムを出し、活動再開もつかの間、今度は体調を崩してまた休止。
この、若く声量豊かな時のブランクは本当に惜しいな、と思ってしまう。
 
元の所属事務所の、 彼のイメージダウンにつながるような主張はあるけれど、
彼の歌は確実に進化していて、 聴けば全てが分かるような気がします。
歌に対する情熱と真摯な姿勢、
相当な努力が垣間見えるように思うのは私だけではないはずですけど。
作曲を学ぶために別の大学に行きなおし、ステージでもTVでもないラジオ局でこの熱唱。
言いたくはないが日本の芸能人の、 目上の人に対してだって
「 ~っていうかぁ~、」から始まる あのチャラついた姿勢とは雲泥の差がある。
 

石原慎太郎氏が著書の中で、
「 天賦の才を与えられた者は、なんらかの不遇と引き換えに
  それを手にしているように思えてならない。 」というようなことを書いておられたけれど、
まさしくその通りなのかもしれないと ふと思う。
左のMy Tubeに入れた彼の「 Hurricane 」などを見ていると
ただの熱唱というよりも 歌に命を削ってささげているように思えて仕方がない。

ということで、あえてMVではなくラジオ局で歌う彼の動画をうpしてみました。
初めてこの曲を聴いた時、比較的穏やかで軽快な気持ちのいい曲だと思ったのだけど、
歌詞を知って! ・・・・・これはカナシイ!
そんなのって反則だ~( 涙目 )
因みに彼自身の作曲だそうです。



                           
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そんなことは絶対にできないよ
君を憎むなんてこと

君がさめたふりをして
もう行ってと言っても

そうしようか 君の言うように行ってしまおうか
でも どうしたらいい?
いつの間にか僕の手をつかんでいる君のことは

そう 憎もう そして遠くに行こう
お互いにその時がきたら行こう
もう少し悪い想い出も 少しはつくっておこう

準備ができたら行くから
言わなくてもそのときは分かるよ
君は下手な嘘なんかつかなくてもいいから大丈夫

何も変わっていないよ
泣いているけど
 
君の笑顔をしきりに思い出すよ
胸が痛い
その笑顔を守ってあげることができなくて

さよなら 愛する人

僕たちが離れてしまったら もう想うのはよそうね
ますますつらい思い出に耐えられなくなってしまうから

僕はもともとそんな男 
君はもともとそんな女
お互い憎もう 
少しずつ少しずつ もっとゆっくり

もっと憎んでみよう 
少しずつ もっとゆっくり




んなこたできるわきゃねーだろー!  カナシイィ~!
かのマザー・テレサが言ってたじゃない。 
「 愛 」の反意語は 「 憎しみ 」ではなくて、「 無関心 」なんだよー!
憎もうなんて、愛してるよの同意語じゃないのー。  ヒーッ!(涙~!)

・・・なんてハマってないで、折角の年末なんだから、
もっとニギニギしくいかなくては。

 Babo 」のボサノババージョンも好きなんだけど、
気分を変えて
ダンスナンバーの 「 Want it ?!! 」も結構気に入ってます。
なんたって歌詞がいい。

    ♪ 欲しい? 言ってごらん  今
     Want it !  言えるだろう  分かっているじゃない
     そう?  時間が必要?  待ってあげるよ
     でも時間を言うにはあまりに近すぎると思うけど   ♪


なーんて、やっぱりこうでなきゃねー。
イントロの彼の 「 シガニ イッソ? ( 時間ある?) 」って
セクシーなハスキーボイスもなかなかいい。
このなんとも俺様的な追い詰め方がいいじゃないですかー。

・・・ん? 何を考えているのか?
フッ、それはアナタと同じだよーん(^O^)/

政治と反日教育は嫌いだけど、それがなければもっと好きになれるのにね。

韓流にいまだハマっている友人に、歌の歌詞の訳を頼んでいるので
それができたらまた Tube とともにupするつもりでーす。

ではまたー463



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18 : 09 : 38 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
ピカソ&ハンマースホイ
2008 / 11 / 25 ( Tue )

しばらく前に六本木の国立新美術館・サントリー美術館で催されている「 ピカソ展 」と、
国立西洋美術館の「 ハンマースホイ展 」に行ってきました。

     国立新美術館       サントリー美術館・ピカソ展
        国立新美術館            サントリー美術館

ピカソ展は、国立新美術館の方では入場時に手荷物のチェックがあって、 へ え え ~。
出鼻を挫かれたようで
なんとなく観るのも面倒になり、ザーッと流し見。
正直、やっぱり好きになれない。
以前、スペインのプラド美術館で( 裸のマハ・着衣のマハは別として、笑 )
ゴヤ(!)を観て 、その後にピカソのゲルニカ(!)を観て、
どどーんと陰陰滅滅とした気分になってしまい、
野外のベンチに座り込んだ時の事を思い出しました。

やっぱりメッセージ性の強い作品はニガテかもしれない。
スペインの明るい陽光との対比が印象的でした。 今回も同じ。


詳しくはコチラ ⇒ 公式ホームページ  

 

国立西洋美術館での「 ハンマースホイ展 」、結構空いてました。
初めて聞く名前だなーと思ったのと、看板の絵の色調になんとなく惹かれました。

               ヴィルヘルム・ハンマースホイ展 

ふと私の好きな絵本画家、リスベート・ツヴェルガーの色彩を連想し期待したのですが、
まるで違っていて 見事に外れました。
極端に家具のない部屋、ノブのない白いドア、あらぬ方向の影、
いつも後ろ向きの黒衣の妻・・・
こういうのを ”静謐な詩情” というんでしょうか・・・?
この人の精神状態はどうだったんだろう・・・なんて、そんなことが気になりました。
そりゃきっと よけいなお世話なんですけどね。
帰り道、去年観た「 ベルト・モリゾ 」のような
あふれるほど豊かな色彩の絵が観たくなりました。

詳しくはコチラ ⇒ http://www.shizukanaheya.com/


このHPでは ハンマースホイの部屋を3Dで再現しているということです。
12月7日まででーす。

 

今回の「 商魂逞しすぎコーナー 」は
  
   ピカソ展・記念チョコレート1   ハンマースホイ展、アンデルセン 

ピカソ展記念チョコレート( 4個で900円!美味しくなかった!←結局買ってる )と、
ハンマースホイ⇒ デンマーク⇒ アンデルセン・・・ということで、
パンのアンデルセンの詰め合わせセットでした。
会期終了が迫っているので大慌ての更新でした。
では!

 

20 : 51 : 21 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
オリオン座を見上げる夜半
2008 / 11 / 20 ( Thu )

先だってアメリカで行われた
同性婚禁止の可否を問う住民投票の結果をうけて
各地で 数千人規模の抗議デモが行われているというニュースを目にした。
また、 同性婚禁止可決を書いたこのブログにいただいたコメントを見て
思わず考え込んでしまった。
世間にとってはまだ 「 同性愛 = 異常性愛 」 なんだろうか・・・。

時代は加速度的に変化しているとはいえ、
この時代にあっても、壁はまだ高く厚いという現実に正直言って驚いた。
日本においては、( 詳しくは知らないが ) 性同一性障害の人の
戸籍の性別の変更が認められたと聞き、
何事にも決断の遅いわが国にしては 画期的な判断だと
その柔軟性を 喜ばしく思っていたけれど、
今回この結果を受けて 同性婚を認める法改正への道は遠のいたのではないかと思う。
本当に残念でならない。

別に結婚と言う制度にこだわらなくても・・・ と思われる方も多いと思う。
けれど、 憲法で認めらるという意義は やはり大きいと思う。



あなたは 自分自身同性への恋を自覚した時、 どう思われただろうか。
異常者ではあってはならないと、 自分を戒めようとしただろうか。
同性であれ異性であれ、 愛する気持ちに違いはありはしないと
戸惑いながらもそう思われたのではないだろうか。
私もそう思った。 自分を異常だとは思えなかったし、今も思っていない。
( そこが異常なんだよー!という声がどこからか聞こえてくるような 気がするが、 
 気にしない 気にしない。 )

ふと思い立ってブログを始めて数ヶ月、 自分を解放する場として
好き勝手に その時々の思いを放電してきた。
あまり熱心でないわりには 思いがけなく、
ネット上の淡いコンタクトではあるけれど、 意外なほど色々な人との交流も始まった。

閲覧してくださっている方はご存知だと思うけれど、
時々 自分でもどうしようもなくて愛する女性への想いを吐露してしまう時がある。
「 なぜその女性と今一緒にいないのか、どういう事情なのか、」 
・・・という質問をよく受ける。
または気を揉んで色々と心配をしてくださる方もいて、
ちゃんとお返事しなきゃな・・・ と思いながらも、 なかなか向き合えずにいた。
躊躇もし、逡巡するものがあるけれど、この機会にできるだけ書いてみようかなと思う。
気楽に読み流してください。
( そして不快に思われる方は、どうぞスルーをお願いします。 )

    カプチーノ・葉 

十数年にわたって、 彼女と  ・・・付き合った・・・? 交際した ・・・?   
いや、 そんな軽い表現はしたくない。 私たちは愛し合った。
別に 彼女以前にも以後にも付き合った人はいるし、
これからも最後の恋だなんて言う気はないけれど、やはり彼女ほど深く愛した人はいない。
じゃあ何故その最愛の女性と一緒にいないのか?

双方の親族まで巻き込んで、家族や社会と 思い切り正面衝突してしまったから。
そして、私はその彼女を守りきれず、
別れる事が 彼女をこれ以上苦しめずにすむ最後の手段だと思ったから。
そうなった理由はただひとつ。 私たちが同性だったから。
きれいごとを言うつもりはないけれど、簡単に言えば、これが正直な答えかな・・・。
同じセクシュアリティーの方なら分かっていただける部分があるかもしれない。


世間は目ざとく、 残酷で容赦がない。 
多くのセクシャルマイノリティーが苦しむように私も同様、揶揄や蔑視にもさらされ続けた。
今思い返してみても、 日々小突き回され続けてきたような印象が残る。
でも若さというものは怖いもの知らずで、
お互いに想いを隠しきれない・・・というか 隠す気もなく、 
それどころか私たちは 先の見えない2人の将来に、
針の先程でも なんとか光明を見出そうとしていた。
けれど、 彼女はここへ来るまでに 一体どれほどのものを振り払って
私の元に辿りついているのだろうか・・・、
横顔を見ながら そんな事を考えることが幾度もあった。

彼女の親戚の女性が自殺を図った。 理由は結婚目前になっての破談。
そしてその原因は私たち。
「 変態が近親者にいる家系は困る 」というのが破談の理由だった。
一命はとりとめたというものの、本当にとりとめたというだけ。
重度の介護が必要な状態になってしまった。
彼女の家族は親族の中で立場を失った。

私たちの関係は、世間にとってそんなに忌むべきものなのか、
またそんなところにまで影響し、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまうものなのか、
お互いしか見えていなかったけれど
社会から隔絶されたところで生きているわけではないこと、
また 見上げるような世間の壁の高さを目の当たりにし、呆然とした。

彼女とのことは私の一方的なものなのだと、 どこへ言っても もう あとの祭りだった。
当然彼女の両親と私側もモメにモメ、 私は戸籍を外され一族から放逐された。
以前ブログにも書いたような記憶があるが、 生理的嫌悪というのだろうか、
とりわけ母親の私に対する嫌悪と怒りはすざまじく、
もともとあの保守的な気風の強い家にあって私は、いてはならない存在だった。
遅かれ早かれいずれそうなっていたと思うし、彼女との事はただのきっかけに過ぎない。 
私は早くから家を出ていて、別に今更どうなっても構わないと思っていた。
けれどこうした帰属意識というものは、すこしずつボディーブローのように効いてくる。
親族の冠婚葬祭はおろか、 父の法要への出席もかなわず、
ましてやこれから母の葬儀への列席など望むべくもない。
お盆や正月に帰るところがないのが寂しいとは言わないが、
そうした関わりがないことで、口さがないご近所から
「 出所してきた犯罪者ではないか?」・・・と訝られるのには参ってしまった。
バカバカしいと思われる方もいるかもしれないが、
普通の社会生活を送るために、
人目を憚って もうずっと盆暮れはそっとホテルで過ごしている。

話を戻すが、その余波で私は退職を余儀なくされた。
直接私が意図的に何かをしたわけではないけれど、
不幸の遠因なのは事実なわけで、
持って行き所のない怒りと悲しみを 人事にぶちまけた人の気持ちもわかる。
争う気持ちにはなれなかった。
その後転職をしたけれど、そこも同様の理由で追われることになった。
そんな時、介護の手伝いを、きっと針のむしろのような中でしていた彼女の母親が倒れた。
不幸の連鎖はたたみかけるように加速する。
でも、そんな時なのに・・・いや、そんな時だから尚更なのかもしれないが、
彼女とはお互い切迫したように互いを求めた。

そんな状況にも拘わらず、彼女と別れる気など頭の隅にもなく、
尚 道を模索していた私の気持ちに
自分自身思いもかけず亀裂が入った日のことは今でもよく覚えている。
特段 何か劇的なことがあったというわけではないのだけれど。

ある日、偶然ある喫茶店で彼女と居合わせた。
いつから彼女と両親がそこにいたのか知らない。
私が先に来ていたのか後なのかわからないけれど、ほんの数m先に彼女はいた。
彼女はこちらを向いて、ご両親は背中を向けて座っていた。
彼女の父親の白髪がどっと増えていた事と、母親の細い首と薄くなった肩が目についた。
彼女たちをみとめた時、なぜかいつもと違う感覚がした。
水の中に一滴落ちたインクがゆっくり広がっていくように、胸の中に不安が広がった。
彼女は1度も私と目を合わさなかった。
当時使っていた彼女からのプレゼントのジッポーのライターで、
思い切りカッキーンと音をたてながら、私はしきりにタバコに火をつけた。 (今は吸わないよ)
みるみる灰皿にたまっていく吸殻と彼女を見ながら、ナゼか嫌な予感に胸がざわついた。

どこから見てもごく普通の休日の家族の情景。
私は無意識のうちにいつもどこか目をそらしていたけれど、
彼女は1人娘、両親に慈しまれ育ち、また彼女も両親のそうした思いを十分承知していた。

・・・彼女は私に気付かなかった?  いや、気付いていたと思う。
私に気付いた様子を見て両親が振り返り、そこでまたお互いが傷付く事になる、
だから気付かぬふりをした。
そういう風に慮ってくれたんだろう。  そういう人なのだ。
見事に私の視線を外しながら、表情一つ変えない彼女。 
いつの間にそんな事ができるようになったのかと思うと悲しくなった。  
そんな彼女の気を張った姿が痛々しくて、胸がつまって涙が出た。
天下一品のあの笑顔を守りたいと いつも願っていたはずなのに、
逆に彼女の表情を陰影のあるものにしてしまったのは、 他ならぬこの私。
そう思ったとき、足元の地面が崩れ始めた。
いや、向かい合う私たちの足元に亀裂が入り、私の立つ側が谷へ崩れていったという
表現の方が近いかもしれない。
彼女は一歩も引かなかった。 でも、きっと苦しんだんだと思う。
なんでもない時になんでもない事のように、
ふと彼女が一緒に死のうかと言ったのを思い出す。
その胸のうちを思うと、本当に胸が痛い。
好きになってごめん。
君の人生に関わってしまってごめん。
行くところまで行ってみて、来るところまで来てしまった、 その時そう痛感した。

私がたとえ男であったとしても、きっと沢山のハードルはある。
しかし、私はエントリーの資格すらなく、
それどころかご両親にとっては嫌悪すら感じる存在なのだろう。
彼女への、曇りのない愛情に手を引かれてここまで来たけれど、
急に自分自身が異形で薄汚い生き物のように思えてきて、身が縮んだ。

相性が良すぎるのかなんなのか、
お互いが何を考えているのか  手に取るようにわかるのが悲しかった。
私は別れの言葉が切り出せなかった。
ありったけの想いをきちんと言葉に尽くしてと思いながらも、どうしても口にできなかった。
また、彼女の電話やインターフォンを拒む事もできなかった。
どうすべきなのか頭では分かっていても、 感情がついていかない。
もう物理的に距離を置くしかないと思った。
でも目は語ってしまうし、抱けば全てが伝わってしまう。
だからそんな言葉に出来ないような想いも お互いに承知したと思う。
考えてもみなかったことだけど、これから私たちの人生は隔たっていくのかと思うと
ますます彼女への愛しさは度を増し、切迫し、 
朝が来るのが早すぎると思うような時をを幾日も送った。

そして、私は彼女に何も言わぬまま淡々と手続きを進め、 ある日転居した。
誰も知らない転居先で1日中椅子に座っていたような気がする。
座っていると、朝の光が差し込んであっという間に陽が翳り夜になる。
え?もう1日が終わるのか、と不思議に思ったことを思い出す。

数日して、転居届けが間に合わなかった郵便物を取りに前の住まいを訪れた。
慣れた道、つい数日前までそこにいたのに色んな事が思い出されて懐かしくさえ感じた。
何も考えず、感じず、ただとにかく用だけを足そうと心に言い聞かせてきたのに、
そこに近づくと やっぱり心は揺れた。
ドアを眺めた。
その向こうには、ほんの数日前までの彼女との思い出がいっぱいで
まだ温みすら感じるような 彼女のまぼろしが見えるような気がした。
視線を外して、郵便受けから郵便物を取り出した。
中に、彼女からの厚みのある手紙があった。
切手は貼られていない。
私はその手紙を開封することができなかった。
別れの言葉がつづられていたら、きっともう立ち直れない。
私を求める内容だったら、 もう自分を抑えることはできないし、きっと別れられない。
ドアの前、彼女はここで泣いただろうか。
彼女が幾度となく触れたドアノブ。 ノブを握ると金属の冷たさがしみた。

その後私は5年あまり土地を離れた。
再び帰京してのち更に数年後、偶然知人に会い、思いもかけず彼女の近況を知った。
彼女は数年前に開業。、私生活においては結婚し2児をもうけた後 離婚。
今は仕事と子育てに追われる日々。
事情を知る知人は、私の表情から何かを読み取りたかったようだが、
その時はあまりに突然でよく飲み込めず、残念ながら動揺する余裕がなかった。

1人の時間に、恐る恐る彼女の事を考えた。
起伏のある道だったんだね。
今は落ち着いているのかな。
幸せ?
結婚に出産か・・・、
ご両親もさぞ安堵し、喜ばれた事だろう。
やっぱりこれで良かったのだと思うしかない。
結婚、出産,世間的にまっとうである事、・・・私が彼女に贈れないもの。
了見の狭い私は、やはり素直には喜べない。 
胸に苦いものが広がってしまう。
いや、もっと正直に言えば、その見えない男に胸焦げるほど嫉妬した。
しかし・・・後、離婚。
2人の子供を抱えての離婚は、さぞ大きな決断と勇気がいった事だろう。

打てば響くような人だった。
そして時にこちらがたじろく程の激しさを持っていた。
でも、ご両親の心痛や、離婚が子供に与える影響を考えないような人ではない。
きっとまたどこか、人の知らないところで泣いてるんだろう・・・、
そう思った時、居ても立ってもいられない気持ちになって
想いは一気にあの頃へ戻ってしまった。

けれど今更どうなるものでもなく、
私はそれまでそうしてきたようにただ仕事に埋没するしかなかった。
手帳を予定で真っ黒になるまで埋め尽くすと安堵した。
それを追い、追われるところへ自分を追い込まなければ不安だった。
PCの普及にともなって、大いに仕事を家にも持ち込んだ。
そんな時、彼女を見かけた。
彼女は息子を連れていて、少し離れたところを私には気付かずに通り過ぎた。
髪を切ったんだね。
ちょっと重くなった?
そんな事を思いながら呆然と彼女を見送った。
意外と落ち着いてるジャン自分、・・・と思ったのもつかの間、 
ただそれだけのニアミスだったけれど、やっぱり私は動揺し自分を失ってしまった。
文字通り早鐘のように、いや、早鐘より早く胸が打ち、
どうにも気分が悪くなって・・・、
人生で初めて救急車に乗った。
大雑把に言えば、不整脈。
まったくみっともない話、 ウソみたいなホントの話。
昼夜の別のない無軌道な生活や睡眠不足、日ごろの不摂生がが原因であって、
決して彼女のせいではないけれど、
このタイミングの良さ(?)には、自分でも苦笑いするしかない。 


入院中、ありあまる時間ができてしまって逃げ場がなく 
色んな事を考えるようになった。
たとえば、もっと上手に生きる事はできなかったのか。
2人の関係を世間に隠しながら生きている人の方が多いと思う。
色んな考え方があって、そのどれもそれぞれの状況に合わせて 配慮し、
2人が選択した最良の付き合い方なのだろうと思う。
でも私はそれができなかった。
不器用というのもあるけれど、ただ夢中だったのかもしれない。

少し前に「 乾パン先生とこんぺいとう 」という韓国ドラマを観た。
なかに、主人公が空港で相手役に愛を叫んで告白する印象的な場面があった。
・・・これだよな・・・と思った(笑)。
似たような事があったような、なかったような・・・、とにかく想いはそのままだ。
恋ってそんなものじゃないのかな。
理性だとか平常心だとかと対極にある。
仮定の話は好きではないけれど、 もしあの頃に戻れるとしたら・・・
2人の関係を問いただされて、
「 やだー、やめてくださいよー。 ただの友達ですよー。 」 と言えるだろうか、
やっぱり 「 愛しています。 お嬢さんを私にください! 」 とやってしまって
彼女の父親にちゃぶ台をひっくり返されていると思う。 (ちゃぶ台あったかなー?)
やはり私たちにはこの道しかなかったのだと思う。

いつのころからだろうか、 年に数回、深夜に電話が鳴るようになった。
何も言わない無言電話なのだけど、私は直感的に彼女だと思った。
仕事を終え、親業を終え、素の自分に戻った1人の時間?
何かつらい事があったとき?
偶然かもしれないが、2人しか知らない記念日や、思い出の日に電話が鳴る。
はじめは戸惑ったけれど、名前を呼んで語りかけると
電話の向こうの空気が動くような気がした。
私は自分の近況や、彼女との共通の話、彼女への想いを一方的に語る。
(もしも違う人だったら、その人ごめんね。 結構長電話だよね。付き合いいいね。笑)

彼女が何故何も言わないのか、その気持ちはよくわかる。
きっとこれが今彼女にできる精一杯のこと。
一方的な私の話に、時折聞こえる忍び笑いや、かすかな嗚咽、
電話は不思議なほど微妙なニュアンスまで伝わるものだなと思う。
彼女のいろんな想いが胸の中に流れ込んでくるような気がしてたまらない。

何も言葉が返ってこなくても、虚空にではなく電話の向こうに 
彼女の名前を呼ぶとき、私はとても幸せだ。
かといってこの先また2人に接点があるかといえば、それはもうないと思う。
それもよく分かっている。
この先お互いに何か変化があれば、フッと切れてしまう細い細いコンタクト。
だからいつも万感の想いを込めて 私は彼女に想いを伝えたいのだが、
いざとなるとやはりアタマ真っ白で言葉が見つからず
どうも上手く伝え切れていないような気がして、
受話器を置いたばかりでも もう次の電話を待ってしまう。

 


 「 わびぬれば 今はた同じ 難波なる  身をつくしても あはむとぞ思ふ 」
                                         ( 元良親王 )

  ー行き詰ってしまったので 今となっては同じ事、
      難波にある澪標ではないが 身を尽くしても 逢おうと切に思うー

 

  「 風に舞いたる菅笠の 何かは道に落ちざらん
         わが名はいかで惜しむべき  惜しむは君が名のみとよ 」
                                          ( 芥川龍之介 )



 
  「 瀬を早み 岩にせかかる 滝川の  われても末に あはむとぞ思ふ 」
                                           ( 崇徳院 )

  -瀬の流れが早いので 岩にせき止められる急流のように
                      別れても後には 必ず逢おうと思うー


 

さすがわが国が誇る百人一首。
もうなんでもアリではないか。
長きにわたる彼女への想いの変遷を、順にこの3首に託してみた。

1首目の 「 わびぬれば・・・」の「 わぶ 」とは、
物事が行き詰って苦しみ悩む気持ちをあらわし、 
「 今はた同じ 」は不義の恋が世間に知れた今となっては、どうなろうと同じことの意。
もう破れかぶれの(笑)この情熱、 そう、恋とはそんなもの。
2首目は、芥川の相聞歌。 ちなみに「 君 」は同性だと言われている。
3首目・・・
ちょっとつらくて言葉にならない。
君が好きな文芸作品のモティーフになっていた歌。 君に贈る。
百人一首の札の上の句を、今でもちゃんと持ってるよ。



世の中にはきっと、大変な思いをされている同性愛者の方も多いと思う。
信じられない話だが、国によってはひどい刑罰の対象になっている所もあると聞く。
日本の、この比較的自由に見える今の時代にだって
色んな見方や考え方は歴然とあるし、
セクシュアルマイノリティーにとって少しは住みやすい社会に
変化したかと言えば 実はそうでもないような気がする。
時折TVのドキュメンタリー番組であるように、
カミングアウトした方を 、戸惑いながらも少しずつ受け入れていく家族や周辺
・・・という図ばかりではないということだ。
現に、直接の知人ではないが、カミングアウトの後 誹謗中傷に悩まされ、
耐えかねて自ら命を絶った若い方もいる。
このブログにも、HNだけなのに公開されるコメントを避けて
メールフォームを利用される方のほうが多いというのも その証左ではないか思う。


誰かを愛するということは あなたにとってどういうことだろう。
このブログを読んでくださっている方は、ビアンばかりではなく
ゲイの方も、ヘテロの方もいるようだ。
愛する気持ちに何か特別許しがたい違いがあるのだろうか。
米国の同性婚の住民投票がどうなろうと、
米俳優のジョージ・タケイさんのコメントのように、
私たちがごく普通の人間である事をわかって欲しい。
そして同性婚がいつかなんでもない事になり、
ごく自然に彼女の手を取れる日がくることを願っている。


   カプチーノ・女の子. 


タイプしている途中、普段忘れていたような事まで思い出されて何度も手が止まった。
彼女とともにあった日々。
人生の2分の1、 3分の1・・・ と割合は減っていくけれど、
やはりそれでも結構なウエイトだ。

世の中の恋人同士と同様に、私たちにも春があって夏があって秋があって冬があった。
月があって花があって君がいた。
そんなに簡単にリセットなんてできないよ。 
もうどうしようもなくて やっていられない。
時折ここで、こうして彼女への想いを放つことを 許してほしい。


ところで、今に至る経緯をかいつまんで綴ってみて あまり笑える話でなくて恐縮している。
でも2人でいる時はただ楽しくて幸せだった。
もう、なぜかやけくそになって、今度はそんな幸せな話も書いてみたい。
 

今ざっと読み返してみて、自分でも信じられないこの記事の長さにおどろいた。
途中、流れたような部分もあるけれど、
書き直す気力がないので どうかこのままでカンベンしてほしい。

目がどっと疲れてしまった。
きっと途中でリタイアされた方は多いんじゃないかと思う。
ここまで読んでくださった方には 「 お疲れ様 」と、
ただただ感謝申し上げるほかない。
折角普通の社会でそれなりに生きてきたのに、
ブログを始めてのち、いろんな方との交流によって、
徐々にタガが外れていっているような自分がコワイ。

とにかく お疲れ様でした。 そして私も つ か れ た ぜ!
では!

 

21 : 15 : 16 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(19) | page top↑
同性婚に対する住民投票・・・可決
2008 / 11 / 07 ( Fri )

ナニゲに朝刊を読んでいて、愕然となってしまった。

見出しは

「 同性婚禁止 『 予想外 』 の可決 」

アメリカ大統領選と同時に行われた同性婚禁止をめぐる住民投票は5日、
小差ながら賛成多数で可決された。
民主党のオバマ大統領の誕生で 米社会が大きくリベラルよりに
振れた印象が強まる一方、 リベラル色がきわめて強いカリフォルニアで
否決が確実視されていたこの週憲法改正案が可決されたことは、
米社会に着実に進行する保守化の波がやんでいないことを示すものともいえそうだ。

「 オバマ氏に圧倒的な支持が集ったこのカリフォルニア州でも、
  我々の同性婚禁止のメッセージは明確に伝わった。
  同性婚が社会にどんな影響をもたらすか、住民が熟考した結果だ。」
予想に反する勝利に改正案提出に携ったジェフ・フリント氏はこう述べた。

投票はフロリダ、アリゾナ両州でも可決された。

初期の段階ではこの提案に対する反対派が20ポイント近い差をつけて
リードしており、否決は確実とみられていた。

同性婚を認めた今夏の州最高裁判決に基づき、
加州ではこれまでに約1万8000組の同性結婚が認められている。
反対派は結婚の無効、 取消しを求める訴訟を起こす見通しだ。

市民団体「 人権キャンペーン 」(ワシントン)のジョー・ソルモニーズ代表は
ロサンゼルス・タイムズ紙に

「 今回の住民投票はここ数十年で最大規模の公民権運動だった。
  それに敗北したという事実は非常に深刻だ。 」と、衝撃をあらわにした。

投票には賛否双方から、 この種の投票としては史上最高とみられる
7400万ドル(74億円)にのぼる資金が寄せられ、
リベラル派と保守派の文化戦争の様相を呈していた。

                                 ( 産経新聞  11月7日 )

 

あぁぁ~!  ナンテコッタイ ! (><。)。 。。

あのカリフォルニアをしてこうなのか・・・?
結婚の無効、取り消しを求めるだとぉー? ジョーダンじゃねーぞーゴルァ!

いや、事実上拮抗状態で しかも僅差だったわけだから、なにも悲観するこたないんだ。
ほんの少し前までは、 声を上げることすら憚られていたんだから。
圧倒的大多数による抑圧から、 堂々と対峙するところまできているということだ。
しかも加速をつけながら。 うん。

異性であれ同性であれ、愛する気持ちを否定する事は誰にも出来ない。
自分自身にだって!

 


13 : 06 : 59 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
米国、同性婚に対する住民投票
2008 / 11 / 04 ( Tue )

こんな新聞記事を読みました。

  
 ”アメリカ大統領選、「 もう一つの戦い 」 住民投票も佳境に”


米大統領選が大詰めを迎える中、11月4日に同時に全米各地で行われる
各種の住民投票をめぐる動きも、追い込みに向け熱気が高まっている。
なかでも 同性婚禁止を明記するよう州憲法の改正を求める
カリフォルニア州の「 提案8号 」をめぐっては、
賛否双方への寄付金の総額が6000万ドル( 約58億円 )を超えるなど、
高い関心が寄せられている。

カリフォルニア州最高裁は今年5月、結婚を男女間に限定した州法を
違憲と判断した。
これに対し、憲法そのものに同性婚禁止条項を盛り込もうとするのが
今回の「 提案8号 」だ。
アメリカで同性婚がみとめられたのはマサチューセッツ州が最初だったが、
カリフォルニア州は州民以外の申請も認めており、影響は全米に及ぶ。

社会風俗の面で全米を先取りすることが珍しくないカリフォルニアでの決戦とあって、
賛成派、反対派双方とも 今回の住民投票を天王山と位置づけている。
当初は提案への「 NO 」、つまり同性婚賛成派が優勢を保ち、
9月に入っても各種世論調査で10ポイント以上の差がついていた。
しかしここにきて、まだ逆転までには至っていないものの、
同性婚反対派の巻き返しが目立ち、
事実上の拮抗状態を指摘する調査結果も現れ始めた。

米メディアは、終盤になって危機感を強めた 各宗教団体からの資金が
同性婚反対派を勢いづかせているとみる。
保守的な価値観を強調する ペイリン副大統領候補(共和党)の登場も追い風となった。

これに対し、同性婚賛成派はリベラルなハリウッドやシリコンバレーの
富豪らからの支援を集める。

寄付者には 映画監督のスティーブン・スピルバーグ氏
俳優のブラッド・ピット氏らの名前も。
さらにアップルやグーグルといったIT大手も 公式に「 NO 」の声明を出している。
AP通信の集計によると、双方の運動を展開する団体に寄せられた
寄付金は総額6000万ドルを超えた。
一本の住民投票に寄せられた額としては、過去最高とみられる。
米国内だけでなく、海外約20カ国からの寄付も含まれるという。

同性婚反対派の指導者 チャールズ・コルソン氏は
「 11月の投票で同性婚容認の流れを止められるかどうかは、
われわれにとってハルマゲドン(最終戦争)となる 」 と話している。

                               ( 産経新聞 11月1日 )


・・・思わず色分けしてしまいました・・・(笑)。

人の幸福になんで文句言うの? 
同性愛者は 吸血鬼でも宇宙人でもありませーん!

他国の憲法だけど、 この決戦に勝利して文字通り「 最終戦争 」にしてほしい!

( ビアン&ゲイの方、もしヒートアップしちゃったらお花でも見て和んでくださーい、笑 )



             コスモス

 

 


18 : 32 : 05 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
枯葉を踏む音
2008 / 11 / 02 ( Sun )

今年のカレンダーも あと2枚
水を冷たく感じるようになった
冬支度もそろそろしなきゃね

空が高くてきれいだね
君も見てる?

薄着のままの君は いつもこの時期に風邪をひく
冷たい手をして 首元が寒そうだった
きっと今もそうなんだろう

秋風、 秋空 、秋雨, 秋雲 ・・・
そんな言葉を君は好んで使っていた
秋・・・という言葉がつくだけで
ぐっと魅せられるような引力が生まれるのはどうしてかな・・・ なんて言って

スカーフ、マフラー、手袋・・・   君はホントによく失くすから・・・
今も街で選んでしまうよ 君の好みを

だって風邪が邪魔だった
君は いつも鼻風邪から始まるから
息がつまって ちゃんとキスできないし 



別に秋という言葉がつかなくったって 
何を見ても君に通じるよ
ふっと 心の奥のいつもの場所にワープするんだ
君しかいない場所
君だけがいる場所
すごい引力だよね

いつまで続くのかな・・・
別にいつまでだっていいって思ってるけど
 

今 君をイメージしてる
鼻をかみながら 何をしている?
何事もなく日常を過ごしているよね

でも  自分と向き合う1人きりの時間  きっとまたヘコんでるんだろう
そしてためらいながら君はダイヤルするのかな
私が受話器を置くまで切らずに待つ癖、 かすかな息づかい
何も話さなくったって  君だって事ぐらいわかってるよ

結構続いてるよね   この切れそうな糸電話
どんな言葉が聞きたいの?
なんでも言うよ

まったく  気丈なくせに  驚くほどもろくて弱いよね
かすかに聞こえたあれは・・・嗚咽・・・?



たまらないな
君の ないまぜになった色んな想いが 胸の中に流れ込んでくる

逢いたいな 
自分でもどうかしていると思うけど まだどこを向いても君ばかりでさ
 

君の体温を感じたい
1日中でも 君の哀しみを拭って愛したい
私が恋しかったと言って欲しい 
 
だめかな
今度はもう離せないと思うけど



秋は陽が短いね
きのう夕空に 細い三日月がかかっていたよ

刻々と色と表情を変えていく夕空は 見とれるほど美しくてドラマティック
見事な茜色のグラデーション
束の間の奇跡だね
君に見せたい

 

  
         夕空1   




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